日本代表・桑木野恵子シェフも参加したガストロノミーイベント「GENUSS-MESSE(ゲヌース-メッセ)」ウィーンで開催 =後編=

前編でお伝えしたように、オーストリア・ウィーンで開催されたガストロノミーイベント「ゲヌース-メッセ」に、ただひとりのアジア代表として招へいされた「里山十帖」桑木野恵子さん(『ゴ・エ・ミヨ 2022』で「テロワール賞」を受賞)。今の時代に求められる人間の身体にも環境にもやさしい料理「オーストリア産フルーツの白和え」と「野菜のごま和え」の2品をつくり上げ、多くのゲストから称賛を受けました。

桑木野さんの成功の裏には、4人のキーパーソンの温かいサポートがありました。

後編ではそんな舞台裏をお伝えします。

第一のキーパーソンは、ウィーンにあるレストラン「TIAN」オーナーシェフのPaul Ivicさん。

「TIAN」はオーストリア産の野菜をふんだん使ったヴィーガンメニューが特徴で、現在は、コンブチャなど北欧テイストを思わせる植物系の酸味が強い発酵食品を料理にもペアリングのドリンクにも多く取り入れているポールさんですが、アジアでよく食べられるうま味につながる発酵食品にも非常に興味があるそう。桑木野さんは、雪深い新潟で長い冬を越すために昔からつくられてきた、いわば「生き延びるための知恵」としての発酵食や保存食を、地元の年長者から学び継承しているスペシャリスト。「野菜」と「発酵」という共通するふたつのテーマを追求する料理人同士、西洋と東洋の違いを超えてすぐに打ち解けていました。

ポールさんが選び抜いた、植物だけでももの足りなさを感じさせない、料理の主役になり得る強い風味や香りを持った野菜たち。その作り手が育てたオーガニックの野菜やハーブは、桑木野さんが思い描いていたものに限りなく近いものでした。

また、イベント前日には仕込みのために、最新設備の揃ったポールさんのレストランの厨房を使わせていただくなど、ウィーンでの桑木野さんのホームとなっていただきました。

第二のキーパーソンは、ポールさん推薦のオーガニック農家「Die Beetwirtschaft」のみなさんです。

家族経営の畑は、ウィーン市内の中心部から車で50分ほど。やわらかな苦味のあるケールやたくさんのハーブ、香り高いコリアンダーまで、ひとつひとつ状態を見ながら手で摘んだばかりの野菜やハーブを分けていただき、桑木野さんも大満足のこの笑顔。「この野菜をオーストリアのみなさんにおいしく食べていただける料理にします」。その言葉通り、フレッシュなグリーンをたっぷり盛り合わせた「野菜のごま和え」は、野菜の香りや歯触りを存分に楽しめる仕上がりでした。

第三のキーパーソンは、オーベルジュ「Muhltalhof」オーナーシェフのPhilip Rachingerさん。

ウィーン市内から西へ向かってリンツを通過して車で2時間半。ウンターベルクという地方にありながら世界を巻き込んだガストロノミーイベントの会場となってスターシェフを呼び集めるなど、世界に目を向けて積極的に地方の魅力を発信しています。

前出の「TIAN」のポールさんが、「野菜」と「発酵」というふたつのテーマを桑木野さんと共有しているとするならば、フィリップさんと共通するのは「ローカルガストロノミー」と「その土地の恵み」。近隣の志の高い農家さんが栽培しているという10種類以上のカラフルで味わいの異なるトマトや、森で収穫した今が旬のマッシュルームなど、ザルツブルク州の恵みをどっさり分けていただきました。

「オーストリアで出会った人々のやさしさ、温かさがあまりにも大きくてどう恩返しすればよいかわからない。わたしにできることは料理なので、みなさんの思いも料理に託します」と桑木野さん。

その桑木野さんの右腕として寄り添ったのが、第四のキーパーソンである「箱根本箱」料理長・佐々木祐治さんでした。

「赤パンシェフ」のニックネームを持つ佐々木さん。仕入れから仕込み、本番とハードな現場でもトレードマークである赤いパンツ姿で軽やかに動き、常に穏やかで桑木野さんが動きやすい環境を整え、スピーディかつ美しく料理を仕上げていく。その技術力の高さもまた多くの人たちの注目を集めました。

世界最高峰の「オートキュイジーヌ」を多くの人が楽しめるフードフェスティバル「ゲヌース-メッセ」。たくさんのフーディーズが幸せになれるこんなイベントがいつか日本でも開催されることを願います。

写真・文 江藤詩文